オセレ
ーデツ

オセレーデツィ

オセレーデツィ(ウクライナ語:Оселедець;意訳:「鰊」)は、ウクライナ・コサックの伝統的な髪型である。広さ三指の頭頂部の毛髪を残して頭髪を剃りあげ、残りの毛髪を伸ばして額あるいは左耳の後ろで結ったもの。近世にはチューブ(Чуб;意訳:「小前髪」)、あるいはチュプルィーナ(Чуприна;意訳:「大前髪」)と呼ばれた。

オセレーデツィの由来について二つの仮説が存在する。第一の仮説によれば、オセレーデツィが欧亜の遊牧民の辮髪に類似することから、アジアに起源を持つ髪型である。古代・中世時代にウクライナの一部を支配してきたスキタイ人、サルマタイ人、フン人、クマン人、モンゴル人やタタール人などの遊牧民が辮髪のような髪型を持ち、その髪型は遊牧民文化を受容していたウクライナ・コサックに伝わったという。第二の仮説は、オセレーデツィが北欧のルーシ族の髪型の一種であり、ヨーロッパに起源を持つ髪型であるとする。この仮説の根拠は、北欧に保存されたヴァイキングの石像と、ビザンツのレオ輔祭が残したキエフ大公スヴャトスラフ1世の容貌の描写に基づいている。2つの仮説のうち、アジア起源説が有力とされている。

16世紀のウクライナ・コサックはオセレーデツィを結わえた。初期のコサック棟梁、ドムィトロ・ヴィシュエヴェーツィクィイ公もオセレーデツィを結わえていたといわれる。広さ6cm、長さ10-15cmほどの短いもので、頭頂部から額の左側に結われていた。当時オセレーデツィはコサックのみならず、サルマタイ主義を信奉していたポーランド・リトアニア共和国の貴族、またクリミア・ハン国やオスマン帝国の軍人階級の間にも普及していた。しかし、17世紀以後、ポーランド・リトアニア共和国やオスマン帝国の支配階級では西欧的な風俗が流行しはじめ、オセレーデツィは「野蛮な髪型」とみなされるようになり、戦争で暮らしているウクライナ・コサックのヘアスタイルとなった。

17世紀後半以後、オセレーデツィの長さと結い方が変わった。コサックはオセレーデツィを70cmまで伸ばし、左耳に2、3回後ろへ巻き、左肩へ垂らした。また、1mほどの長いオセレーデツィは、左耳に後ろへ巻いて頭の後ろへ通し、右耳に巻いて右肩に垂らしていたのである。従来のウクライナでは、黒い縮れ髪の男が美男とされていたので、コサックはオセレーデツィを黒い油で染めたり、リボンでパーマをかけたりしたことがある。オセレーデツィに対するウクライナ・コサックの拘りは、「女(むすめ)は三つ編みを伸ばし、コサックはオセレーデツィを伸ばす」と当時の慣用句に表されている。

18世紀末に帝政ロシアは ウクライナ・コサックを廃止したが、帰農させられたコサックはオセレーデツィの風習を守った。彼らは頭を剃らず、頭頂部の毛髪を伸ばして左肩へ垂らしてい た。19世紀初頭にオセレーデツィは次第に巻き毛の前髪に変わり、20世紀初頭にかけてウクライナ農村部の若者の間で人気を博し続けた。

なお、コサックのオセレーデツィはロシア語で「ホホール」(立髪)と呼ばれている。「ホホール人」はウクライナ人の蔑称としてロシア帝国・ソ連において用いられ、現在のロシア連邦の政治界やマスコミなどでもしばしば使用されている。

髪の毛を増やしたいんですが…

コサック・ママーイ

コサック・ママーイ(ウクライナ語:Козак Мамай)は、ウクライナの伝統美術におけるコサックの理想像である。ウクライナの守り神、ウクライナ人のシンボルとされる。コサック・ママーイの絵画は、18世紀から20世紀にかけてウクライナの民家においてイコンと同様に扱われ、神聖視された。髪型が日本人には見慣れないオセレーデツィなので以前私が見たコサック・ママーイを描いた美術作品は深く印象に残っています。

コサック・ママーイという人物の由来は不明である。彼は架空の人物であり、17世紀以後に作成されたウクライナ・コサックの総合像であるとする説と、14世紀にウクライナの一部を支配していたモンゴル帝国の万戸、ママイという実在人物であると主張する説がある。14世紀のコサック・ママーイの絵画は現存せず、18世紀以後に作成されたものが圧倒的に多いので、現在ウクライナの美術界では前者の説が定説となっている。しかし、コサック・ママーイの絵画はアジア的モチーフが強いため、後者の説も完全に否定できていない。

絵画におけるコサック・ママーイは、オークの林で愛馬の隣にあぐらをかき、ウクライナの楽器であるバンドゥーラを弾く姿で描かれることが多い。彼は東洋風な上着(ジュパーン)を着、広々としたズボン(シャロヴァールィ)と錦の長靴をはいている。頭にはコサックの前髪(オセレーデツィ)、顔には長い口髭、口には長いコサック・パイプ、周りには槍が据えられ、ウクライナ酒(ホリールカ)の酒瓶と酒杯が置かれている。

コサック・ママーイの絵画に描かれているものは、それぞれの意味を持っている。バンドゥーラはウクライナの歌、馬はウクライナの自由、樫はウクライナのしぶとさを象徴している。酒瓶・酒杯が埋葬品としてコサックの墓に入れられ、槍がコサックの墓の上に立たされることがあったので、槍・酒瓶・酒杯は人生の儚さと死の覚悟を表している。

コサック・ママーイの絵画には、ウクライナ人の笑いと人生観を表現する面白い諺や詩などが書かれたこともある。そのなかでもっとも人気を博した文は次のようなものだった。

Козак – душа правдивая, コサックは正直ものだから、
Сорочки не має. シャツさえなく、貧乏だ!
Коли не п’є, то воші б’є, 酒を飲まない時は、蚤を潰したりするから、
А все ж не гуляє  いつも忙しいんだ!


Гей–гей, як я молод був, що–то в мене була за сила!  若い頃はすごい力の持ち主じゃった!
Було – ляхів борючи і рука не мліла, 敵を幾人倒しても手が疲れなかった!
А тепер і вош одоліла。 じゃが、今となっては蚤にさえ勝てぬ。


Не завидую нікому – ні панам, ані царю. 貴族や王などが羨ましくない。
Богу своєму святому я за все благодарю!  聖なる神様にいつも感謝し奉る!
Хотя титлом і не славен, та жизнь весело веду, 大した身分じゃなくとも、楽しく生き、
У ділах своїх ісправен, я вовік не пропаду. 仕事をちゃんとしとけば、滅びることはない!

コサック・ママーイの絵画は、ウクライナ人の民家でのお守りのような役割を果たし、戸・壁・窓際・櫃・食器などの家庭品に描かれた。絵画の隣に「俺はコサック・ママーイだぞ! 俺の平安を乱すな!」という呪文も書かれた。

コサック・ママーイは現在のウクライナにおいて人気のある英雄であり続けている。ママーイの石像や銅像などは、首都キエフを始め、ウクライナの数多くの町村に建てられている。2003年にキエフ映画スタジオが作成した『ママーイ』という作品はウクライナ中の、特に若者の間で人気を集めた。

ヘアケアしてますか? ワンルームマンションから、駐車場付きの店舗物件など不動産にかかわることなら、ぜひ鉾田市 不動産にお任せください 。もちろん鉾田市以外でも大丈夫です!私どもの豊富なネットワークで、敏速にご要望の物件をご紹介いたします 。未公開の物件も多数ございますので、どうぞお気軽に鉾田市 不動産のお問い合わせしてください!スタッフ一同、お客さまのお手伝いを喜んでさせて頂きます 。お客様のご要望に沿ったご提案をさせていただきます 。
ページの先頭にもどる